「洋服を買う時点でダサい」という仮説を立て検証してみる

去年こんな記事を書いたんですよ。

1年間洋服を買わないチャレンジを実践して早2ヶ月。起きた変化など。

この記事、要約すると「一年間洋服を買わないチャレンジ」をして2ヶ月経った時点で、結構成功していて、洋服を買わないどころか断捨離するようになって、余計なものを買わなくなってきている、というものなのですが、

半年経った今、このチャレンジが続いているかと言うと、、、半分成功・半分失敗って感じです。冬のコートを買ってしまいました。コートなんて何着も持ってるのにね。そしてボアがついた帽子も。でもそれ以外本当に服は買ってないんです。自分の中では今もチャレンジが成功している気分。

昔は霞を食べてでも頑張って買っていた洋服ですが、今ではすっかり興味がなくなってきました。

昔の自分と今の自分の洋服に対する考え方の決定的な違いは何かと言うと

昔 = 洋服はファッション

今 = 洋服は日用品

と、洋服が自分にとってどんな存在であるかがすっかり変わってしまったわけです。

昔は、自分がこの服を着たら素敵になるだろうと夢を見て、お金を出すことで夢の実現をして楽しんでいたのですが、それに飽きたのか満足したのか、今では食器洗い洗剤がなくなったら詰め替えを買うがごとく、生活日用品と全く変わらない、靴下に穴が空いたら替えを買って履くスタイルになったのです。

こんなふうに考えがシフトしていったのは、ユニクロの存在が僕にとっては大きかったと思います。もちろん、歳を取るにつれて、若い頃に比べたらだんだんとオシャレに興味がなくなることって多くの人に起こることだとは思うけど、ユニクロの服って「着飾らなくていい。これで良い」というメッセージをとても感じてしまい、だんだんと「そうかそうか、洋服で自分を特徴づける必要はないんだ」と、夏は軽装・冬は暖かく、何の特徴もないベーシックな最低限の服を着るだけという、自分+洋服に個性を見出す作業はしなくなりました。

ユニクロは洋服をファッションから日用品に再定義したのだと思うのですよ。それが自分の気分の変遷と合致したというか。

それからというもの洋服と個性を結びつけて考えることはなくなり、個性は自分の内側にありさえすれば良く、それをわかりやすい形で外に向かって表現しなくても良いという考え方になってきたわけです。

そしてこの考え方はさらに進み、「オシャレ」って洋服を買うこと、着ること、コーディネートすることでもないのかなと思うようになり、なんなら洋服とオシャレは無関係と言っても言い過ぎじゃない気がしてきました。

昔働いていたアパレルの会社(結構誰でも知っている国内ブランド)の社長さんが「洋服を買うことは夢の実現だ」っておっしゃっていて、当時は「なるほど〜」と思っていて、今でもわかるんですが、それでも一万円握りしめてお店に行って「夢が実現した」って、ちょっとインスタントすぎやしないかとも思うわけです。

服を買うだけで夢が叶ったり、個性が出たり、するかなあ?しないんじゃないの?って思ったんですよね。

ちなみに、だからと言って、洋服が好きな人やファッションを楽しんでいる人に対して否定的な気持ちがあるわけではありません。僕も昔は洋服超好きだったし、みんな様々な趣味嗜好があることも知ってます。みんな自分の好きなことを楽しんだら良いと思う。他人が楽しいと思っていることに対し「それ楽しくないよ」なんて気持ちも全くないです。

それを踏まえてタイトルの「洋服を買う時点でダサい」っていうことは成り立つのか考えてみます。

多分結論は「誰が何を買うかによる」なんだと思います。洋服を買ってオシャレをする、というよくある概念の他に「洋服を買うことがダサい」ということがあり得るという感じ。

  • 同じような服を既に持っているのに似た服を買ってしまう
  • 他にもっと大切なことにお金を使うべきなのに洋服を買ってしまう
  • 努力して個性を身につけるのではなく洋服だけで個性を身につけようとする

なんて時は「洋服を買う = ダサい」が成り立つんじゃないかな、と。

もちろん洋服って「防寒」とか大切な役割もあるので、それはオシャレ云々でなく同じレイヤーで話せないこともあるのですが、洋服を必ずしもファッションとして捉える必要はなく、数ある生活必需品のうちのひとつとして、例えば持っているハサミが「切れればいい」と同じ感覚を洋服に対しても持つというのも全然アリなんじゃないかという思うわけです。

それでも小汚い格好をしていたら他人からの印象もあるので、小綺麗にしていたほうが良いのですが、それはシャワーを浴びて清潔にしたり、髪を切ったりヒゲを剃ったりするのと同じ最低限の身だしなみの部類に入って、小綺麗 = ファッションということではないです。

一年間洋服を買わないチャレンジをしたり、洋服に対する考え方を改めて考察してみると「洋服買って着飾るって、オシャレ。」と盲目的に思わなくなって「洋服を買うってダサい」とはいかないまでも、洋服と自分との関係を、うまく計れるんじゃないかな、なんて思います。

僕は人の装いを見てオシャレだとか、ダサい、だとかあまり思わないし、思わないようにしています。どんな格好をするべきだ、と厳しい目で見ることもないです。好きな格好をすれば良いと思っています。自分のスタイルに自信があってもなくても、それを大切にすれば良いと思うし、洋服でオシャレになりたければ頑張ればいいし、洋服なんてどうでもいいなら、それでいい。服がとっても大切だと思っている人もいれば、服と距離がある人もいる。これに正解も間違いもなくて、ただ単にその人の「あり方」なんですよね。

おっしまい。

 

 

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